京マチ子映画祭

映画ミーツ浪曲

2019年11月27日(水)午後2時から

11月27日(水)
午後2:00より 
(16:10ごろ終演予定)
 
●料金 2,800円
高崎電気館とシネマテークたかさきの2館で前売券販売中
電話予約も受付中です。(TEL
027-395 -0483)
 
映画ミーツ浪曲

映画『雲右ヱ門とその妻』

昭和37年(1962年)/大映/監督:安田公義
白黒/1時間28分/35mmフィルム
配役:三波春夫(吉川繁吉=桃中軒雲右衛門)
月丘夢路(お浜)、浦路洋子(嶺子)、
石黒達夫(小見山東天)

《 解説 》
桃中軒雲右衛門(とうちゅうけん・くもえもん)は、上州・群馬県が生んだ、浪曲界のスーパースターである。明治6年(1873 年)、高崎に生まれ、上京して吉川繁吉の名で浪花節語りとして寄席にあがった(当時はまだ「浪曲」という言葉はなく「浪花節」と言った)。この映画は、そ の吉川繁吉が桃中軒雲右衛門として日本一の芸人へとのぼりつめるまでを、妻・お浜との夫婦愛を軸に描いた伝記映画である。芸のため、夫のために我が身を捨 てるお浜に、涙せずにはいられない〈芸道もの〉の傑作だ。浪曲師でもあった三波春夫が雲右衛門を演じ、みごとな浪花節を披露する他、明治時代の寄席の雰囲 気や浪花節の口演のスタイルなど、見どころは尽きない。
《 物語 》
自らの節をつくりだそうとしていた浪花節語りの繁吉は、師匠の三河屋梅車の妻、お浜の三味線に惚れ込む。放蕩三昧の梅車のDV に遭っていたお浜は、繁吉の新しい節づくりのために精を尽くすが、二人の関係を怪しんだ梅車に咎められ、それをきっかけに二人は駆け落ちする。大道で芸を ひさぐ日々がつづく中、二人は沼津の弁当屋「桃中軒」で一夜の食にあずかるのだった。やがて小見山東天(革命家・宮崎滔天)と出会い、そのバックアップを 得て九州で巡業を始めた繁吉は、めきめきと人気を博すようになる。そしてついに再び東京に、その名を桃中軒雲右衛門と名乗って、打って出る。だが、その 頃、女房のお浜は、重い病の床にあるのだった…。

浪曲『赤穂義士伝 俵星玄蕃』
浪曲師:玉川奈々幅
曲師:沢村豊子

《 あらすじ 》
某藩の槍術指南役であったが、酒の上の争いで朋友を殺してしまい、今は浪人となって、両国で道場を開いている俵星玄蕃。あ る晩、屋台蕎麦屋がやってくる。蕎麦屋とは世を忍ぶ仮の姿、まことは赤穂浪士・杉野十平次。ひそかに吉良邸を探っている。玄蕃はそれを一目で見抜く。杉野 は玄蕃を避けるようになるが、両国橋のたもとで再会する…。「俵星玄蕃」は、三波春夫の長編歌謡浪曲として有名
(〽 雪をけたててサク!サク!サク、サク、サク、サクー、「先生!」「おぅ、そば屋か」)。東京オリンピックの年・昭和39年の紅白歌合戦(司会:宮田輝)の 大トリで三波春夫がこれを歌って白組を勝利に導いた。
 
【プロフィール】
浪曲師 玉川奈々幅
横浜市出身。浪曲新時代の旗手と言える存在。1995年に二代目玉川福太郎に曲師として入門後、2001年より浪曲師として活動。古典から 自作の新作まで幅広い持ちネタを披露。さまざまな浪曲イベントをプロデュースするなど、多岐にわたって活躍している。本年、第11回伊丹十三賞受賞。

曲師 沢村豊子
福岡県大牟田市出身。御年82歳の浪曲界の至宝。11歳で浪曲界入りし、17歳で故・国友忠の相三味線となり、その後、三波春夫、村田英 雄、二葉百合子などの曲師も努めた。近年はベテランから若手まで隔てなく曲師を努め、磨きのかかった至芸で、浪曲師を導いている。玉川奈々幅とのコンビは 絶品。


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